#N09【第7幕】夫婦で歩んだ30年の愛と絆の実話 ~ふたりだけの純愛ストーリー~
【第7幕】〜未来への想い、静かな告白〜

春の風が、ようやくやわらかく街を撫でてくれるようになった頃のことです。 彼が、自動車学校を卒業しました。
「免許、取れたよ」 そう報告してきた日の彼の顔は、どこか自信に満ちていて、ほんの少し、大人びて見えました。
それは、ただ車に乗れるようになったというだけじゃない。 彼の中に、何か新しい決意のようなものが灯った気がして、私は静かに嬉しくなったのを覚えています。
しばらくして、白いスターレットに乗った彼が、私の家まで迎えに来てくれました。
「近所のおばさんが譲ってくれたんだ」 そう言って、照れくさそうに笑う彼の後ろに佇むその車は、ちょっと古びていたけれど、不思議と彼に似合っていました。 きっと彼はこの車で、私を遠くまで連れて行ってくれるんだ――そう思ったら、なんだか胸がぎゅっとなって。 私はそっとそのボディに手を置いて、「ありがとう」って、心の中で呟いていたんです。
それから、私たちは「旅の計画」を始めました。
私の部屋のテーブルには、旅行代理店でもらってきた温泉宿のチラシがいっぱい広げられていました。 露天風呂、部屋食、畳の匂い、旅館の名前…… 紙の上の景色をひとつひとつ眺めながら、ふたりで「作戦会議」と称して何度も話し合った時間は、本当に楽しかったです。
「この宿、貸切風呂があるんだって」 「でもちょっと高いかも。私、もう少しバイト増やしてみようかな」 「いや、俺ががんばるから」
そんな他愛もないやりとりが、嬉しくて、胸がぽかぽかして。 "ふたりだけの初めての旅"っていう響きに、どこか少し緊張しながらも、心の奥がときめいていたんです。
そして、ある晩のことでした。
いつものように、シンの散歩に彼と一緒に出かけて、帰り道を歩いていたとき。 街灯の下、シンの足音だけが静かに響いていて。 ふと、私は立ち止まってしまったんです。
旅のこと。 未来のこと。 そして、彼への気持ち。 胸の奥でずっと温めてきた想いが、もう抑えきれなくなっていて。
「……あのね、この旅で……あなたとの絆を、もっと深くしたいなって、そう思ってるの」
それは、本当に小さな声でした。 でも、私の中では、ものすごく大きな気持ちを込めた言葉でした。
私は彼の目を見つめて、続けました。
「あなたが、私にとって初めての、一番大切な人。……だから、ちゃんと、心の準備をして、あなたと新しい未来へと進みたいって願ってるの」
自分の口から出たその言葉に、少し震えそうになりながらも、私は目をそらさずに彼を見ていました。
彼は、しばらく何も言わずにじっと私を見つめてくれていて、 やがて、静かにこう言ってくれたんです。
「……ありがとう……」 「無理だけは、しないでね。ちゃんと、ゆっくりと、ふたりのペースで進んでいこう」
その言葉に、私はほっとして、肩の力がふっと抜けて、思わず笑っちゃいました。 うん、と小さくうなずくと、彼も優しく微笑んでくれて。 その瞬間が、たまらなく愛おしかったです。
大学では、恋愛の話題がよく出ていました。 「ちーこと彼氏、いい感じじゃない?」 「もう、そういう関係でしょ?」 女の子同士って、わりと大胆で、下品な冗談も平気で言い合うんですよね。 私はただ笑ってごまかしていたけれど――
心のなかには、誰にも言えない、確かな想いがありました。 私たちは、ただ付き合っているだけじゃない。 ふたりで、未来を育てているんだって。
それを、彼はちゃんと受け止めてくれた。 だから私は、あの言葉を伝えることができたんだと思います。
夜道の静けさ。 ほんのり冷たい風。 シンのしっぽが揺れる音。 そして、彼のあたたかい声。
あの夜の記憶は、今でも胸の中で優しく灯っています。 あの晩、私たちはほんの少し、未来への意識が芽生えた――そんな気がしています。